『疑惑(1982)』桃井かおり×岩下志麻―”混ぜたらキケン”な二大名女優の圧倒的な存在感に唯々引き込まれた2時間。

4.0
サスペンス・ミステリー
この記事は約6分で読めます。

作品概要

© 1982 松竹株式会社

タイトル:疑惑
原作:松本清張『疑惑』
公開:1982年
制作国:日本
監督野村芳太郎
キャスト
 桃井かおり…白河(鬼塚)球磨子
 岩下志麻…佐原律子
 仲谷昇…白河福太郎
 柄本明…秋谷茂一
 鹿賀丈史…豊崎勝雄
 小林稔侍…宗方検事

今回は1982年公開の『疑惑』の感想を書いていきます。

監督は『砂の器』『八つ墓村』『八甲田山』などの野村芳太郎

Amazonプライムで観る>>

あらすじ

「彼女が夫を殺したのは間違いない。」10人のうち10人までもが確信する鬼塚球磨子の有罪。だが心証的には真っ黒でも何一つ物的証拠がない。果たして検察は、世間は、彼女の罪を立証できるのか。そして弁護士は―。暴行・傷害・恐喝・詐欺―前科4犯の毒婦と、女弁護士の心理的葛藤・かけひき・せめぎあい。九州で起きた三億円保険金事件をヒントにした話題のサスペンス。

Amazonより引用

感想

※この記事はネタバレがあります。未視聴の方はご注意ください。


前回『砂の器』の記事を書いてからまたすぐに清張作品が観たくなり、Amazonプライムにある『疑惑』をさっそく観た。

数年前に一度見たことがある作品だが、結構面白かったということしか覚えていない状態で視聴。

感想は、凄く面白かった

話の半分以上は法廷内でのやり取りなんだけど、自分は密室劇やミステリーが好きなので終始目が離せなかった。

そして、物語の根幹である球磨子は実際、福太郎を殺したのか?という疑問が終盤まで全く見当がつかない作りにしているのが素晴らしかった。

残り20分を切ったところで重要証人の決定的な証言でやっと真相が分かる。これは物語序盤の伏線回収にもなっている。(手紙を燃やすシーン)

この展開はミステリーとしてお見事としか言えない。

個性豊かな俳優陣の演技も良かった。

男はつらいよシリーズで有名な松村達雄、どこか憎めないお調子者という言葉がぴったりな鹿賀丈史、蛇のような目でジリジリ追い詰める検事を演じた小林稔侍、往年の女優の貫禄を見せつけた山田五十鈴(「ちょーっとここ税務署ぉ?」が個人的にツボった)。

その他、若き日の柄本明や『砂の器』コンビの丹波哲郎と森田健作も出ていたし本当に豪華なキャスト。

そして、何よりも桃井かおりの演技力と存在感が凄い

この球磨子役は桃井かおり以外の適役は思いつかないくらいにドハマりしていた。

松本清張もきっと桃井かおりが球磨子を演じて大満足だったと思う。

そして、その桃井かおりに引けを取らない存在感を醸し出していた岩下志麻

敏腕美人女弁護士の役柄が本当にカッコイイ。

この桃井かおりと岩下志麻の絡みが本作の見どころの一つでもある。

誰もが認める悪女(毒婦またはビッチともいう)を相手に全く怯むところがなかった律子の演技が最高だった。

そしてこの映画の最後の見せ場である球磨子と律子のバーでのバトル。

このシーンはお互い一歩も引かない女同士のバトルがあまりにも凄かったので、台詞の文字起こしをしてみた。


娘との別れを決断した失意気味の律子が球磨子が勤めるバーにやって来た。
保険金が出ないのでまた弁護をして欲しいという球磨子を律子は冷たくあしらう。
律子に「福太郎が心中を仕掛けなかったら福太郎を殺していたか」と訊かれた球磨子は「時間があったらやってたね」と答える。反射的に軽蔑の目を向けた律子に球磨子は食ってかかる。

球磨子
「あんたってさぁ、本当に嫌な目つきしてるわね。いつでも人をモルモットみたいに見てるのね」

律子
「私ね、あなたみたいにエゴイストで自分に甘ったれてる人間って大嫌いなの」

球磨子
「あたしだってあんたみたいな女嫌いよ。
 あたしはね、どんな悪くったってね、みっともなくたってね、人になんて構ってらんないのよ。
 だけどあたしはあたしが好きよ。
ここで球磨子が律子のスーツにワインをかける
 あんたさ、ねぇあんた自分のこと好きって言える?言えないでしょ。可哀そうな人ねぇ。
 あんたみたいな女、みんな大嫌いよ」

律子
無言で煙草を消し、グラスに入ったワインを球磨子の顔にぶっかける
「あなたって最低ね。命が助かっただけもめっけもんでしょう?」

球磨子
「あたし凝りてるわけじゃないのよ?今度のことで自信持っちゃってさぁあたし。
 あんたみたいな女にだけは本当にならなくて良かったと思って。
 あたしは今まで通りあたしのやり方で生きていくわよ。男たらして死ぬまでしっかり生きてみせるわよ」

律子
「あなたはそれでしか生きられないでしょうね。私は私の生き方で生きていくわ。まぁ、せいぜい頑張ってね。またしくじったら弁護してあげるわよ」

球磨子
「頼むわ」


このバトルから見えたもの。それは、お互い全く真逆な人間のようでいて、実は人を愛することができない点が共通しているのでは?ということ。

球磨子はそれを自覚しているが自己愛が強いのでもはや開き直っている。

律子は自覚していないか、もしくは絶対にそれを表面に出さない生き方をしている。

球磨子の元彼、豊崎勝雄が唯一見たという球磨子が泣いたエピソード。あの時、球磨子は人を愛することができたのだろうと思う。

別府3億円保険金殺人事件について

この原作のヒントにもなった「別府3億円保険金殺人事件」。

1974年(昭和49年)に大分県別府市で実際に起きた保険金殺人事件である。

当時、容疑者本人がワイドショーに出演するなどしてかなり話題になった事件らしい。

ウィキペディアを読んでみたら犯人の性別こそ違えど、ここまでオマージュしても大丈夫なのか?と思うほど事件から抜粋している部分が多かった。

しかも実際に起きた事件の方が小説や映画よりももっとエグかった。

事実は小説より奇なりとはこのことだろう。

ちなみに、『疑惑』の制作発表の後、この事件の被疑者から松本清張宛てに事件の意見を要求する手紙が届いたが、清張は創作のヒントにしたに過ぎないと関与を断ったらしい。
(参考:Wikipedia『疑惑』

実際の事件と『疑惑』の比較

共通点

・乗用車が海に転落する

・被害者が亡くなる

・保険金が高額

・被疑者がテレビ出演する

・被疑者の心証が悪い

・被疑者の名前が強そう(事件の被疑者の名前は荒木虎美。映画は鬼塚球磨子(くまこ))

・被疑者が法廷で感情的になる

・被疑者に前科がある

・被害者の膝に着いた傷とダッシュボードの傷跡が一致

・目撃情報で被疑者が運転席に座っていた

・犯行のヒントをチャパキディック事件から得た

・被疑者が被害者の長男から嫌われていた

相違点

・被疑者の性別、年齢(事件の容疑者は事件当時47歳の男性。球磨子は27歳の女性)

・被害者の人数(事件は妻、娘二人の三名。映画は夫一人)

・車に残っていた証拠品(事件はハンマー。映画はレンチと被害者の靴)

・被疑者に対する判決(事件は有罪。映画は無罪)

・事件の真相(事件は被疑者の計画的殺人。映画は被害者が計画した無理心中)

最後に

『砂の器』がミステリー作品として少し期待外れだっただけに、『疑惑』はミステリーの王道という感じで本当に楽しめた作品だった。

シナリオの良さだけではなく名俳優の名演技も観ることができる完成度の高い作品。

引き続き清張作品をもっと物色してみようと思う。

この作品をAmazonプライムで観る>>