作品概要

・タイトル:砂の器
・原作:松本清張『砂の器』
・公開:1974年
・制作国:日本
・監督:野村芳太郎
・キャスト:
丹波哲郎…今西 栄太郎
森田健作…吉村 弘
加藤剛…和賀 英良/本浦 秀夫
島田陽子…高木 理恵子
緒形拳…三木 謙一
加藤嘉…本浦 千代吉
今回は1974年公開の『砂の器』の感想を書いていきます。
監督は『八つ墓村』『八甲田山』『震える舌』などの野村芳太郎。本作品は松本清張原作の映画の中でもとりわけ高い評価を得ている作品です。
あらすじ
東京・蒲田にある国鉄の操車場で殺人事件が発生。被害者の身元がわからず捜査は難航する。しかし、被害者が殺害される直前にある男と会っていたことがわかり、2人の会話から「カメダ」という謎の単語が浮かび上がる。
映画.comより引用
感想
※この記事はネタバレがあります。未視聴の方はご注意ください。
今まで『砂の器』は映画でもドラマでも観る機会がなく(原作も未読)、今回は前知識がまったく無い状態で視聴しました。
序盤で殺人事件が起こり、今西(丹波)と吉村(森田)が捜査する中、開始20分で加藤剛演じる和賀 英良が登場する。
「ん?こいつ怪しいな」
というのが初見のイメージ。
でもまだ序盤だし、これから他にも容疑者っぽい人物が出てくるのかな?と考えていた。
そして初登場シーンから6分後、和賀(加藤)がまたも登場。やっぱり怪しい。
「もうこいつが犯人じゃね?」と映画開始後30分で犯人の目星が付く。
その後、被害者の息子が現れ被害者の身元が判明し、今西による捜査が進んでいく。
ズーズー弁が使われている地域から出雲地方を割り出し、地図から「カメダ(亀嵩)」を見つけ出したシーンはとても爽快だった。
その後、今西の捜査の舞台が島根県に移り、地元の列車や山間の長閑な景色や笹智衆の昭和を感じる演技に情緒を感じながらも被害者の人物像が次第に浮かび上がってくる。
今西が島根を捜査している間に吉村も単独で捜査を進め、犯人が犯行時に着ていた服の破片を見つける。
血液型の結果を焦らす流れも上手い。被害者の血液型であるO型以外でも面白いと思ったがそこは被害者と同じ型だった。
そして映画開始から1時間経過後、和賀と高木理恵子の関係性が分かるシーンが流れ、ここで和賀が犯人だという疑惑が確信に変わる。
そこからは和賀が被害者を殺害するに至った経緯がサクサクと順調に暴かれていく。
和賀の過去と殺害動機がほぼ分かった時点で時間はまだ1時間半。
ここで一つの疑念が湧く。
「これから残り1時間、一体何を見せられるんだろう?」と。
そこからがまぁー長いこと長いこと。
今村の捜査会議での陳述と和賀のコンサートシーンを織り交ぜながら、お涙頂戴の回想シーンが何と1時間も続いた。
ミステリー映画としてこの時間配分ってどうなの?
物語のクライマックスもここまで長いと笑えてくる。
本当は感動すべき幼少期の和賀と父親の放浪シーンもなんだかコントのように見えてしまった。(父親役の加藤嘉さんのコミカルな風貌も相まって…)
淡々とした回想シーンならまだ素直に観れたのかも知れないが、大層な協奏曲「宿命」が逆に押しつけがましく感じられ萎えた。
本浦親子が山間の農村や峠などの様々なロケーションで放浪しているのだが「何でわざわざこんな場所を歩くの?」と言いたくなるような辺鄙な場所を歩きすぎである。
「ド田舎出身者あるある」だと思うけど、地元の人間でも滅多に歩かない場所を歩くシーンが出てくると「いやいや、こんな場所、車じゃないと絶対に行けないから…」と思わず突っ込んでしまう。
それと重箱の隅を突くようだけど、和賀がピアノを弾くシーンで映る指が太すぎない?
せっかくの感動演奏シーンも和賀の体格にしては太過ぎる指が映るたびに興醒めしてしまった。
それでも物語の終盤で、どんでん返しとも言える千代吉の生存が分かるシーンがあったのは救いだった。驚いて「えっ」と声が出たくらい。
成長した秀夫の写真を見る加藤嘉の演技がこれまた凄い。一流の役者の演技を見させてもらった。
ここで千代吉と被害者三木謙一の関係性と和賀の本当の殺人の動機が明確になる。
このシーンがこの映画で一番感動した場面だった。
親子の放浪シーンをもう少しカットして、三木と和賀が会うシーンを掘り下げて欲しかったなぁ。
最後に
あまりのクライマックスの長さに酷評寄りになってしまったけど、丹波哲郎の演技は良かったし、森田健作も若くて熱血な感じの刑事役がハマっていたし、緒形拳の演技には感動したし、加藤嘉の最後の迫真の演技は本当に見事だったし、十分見応えのある作品でした。
脇役も本当に豪華で、笠智衆や渥美清、菅井きん、春川ますみ、島田陽子(クレジットを見るまで分からなかった)など。
味のある昭和の名優たちの演技を観れて良かった。
これを機に他にもたくさんある松本清張原作の映画を観てみようと思う。


