作品概要

・タイトル:ファブリックの女王
・原題:Armi elää!
・公開:2015年
・監督:ヨールン・ドンネル
・キャスト:
ミンナ・ハープキュラ(Minna Haapkylä)…アルミ・ラティア/マリア役
ラウラ・ビルン(Laura Birn)…リーナ役
ハンヌ=ペッカ・ビョルクマン(Hannu-Pekka Björkman)…ヴィリヨ・ラティア役
レア・マウラネン(Rea Mauranen)…ケルットゥ役
・公式HP:映画『ファブリックの女王』オフィシャル・サイト
今回は、2015年公開(日本公開は2016年)の『ファブリックの女王』の感想を書いていきます。
あらすじ
戦後まもないフィンランド。
戦争で兄弟も工房も失ったアルミは、夫のヴィリヨが買収した業務用のオイルプリントを作る会社で働き出す。やがて、個人向けに綿のファブリックにプリントすることを思いつき、1951年、新たな会社を立ち上げる。
会社の名前は<マリメッコ>。
しかし、その船出は順風満帆とは言えなかった。そこで、ただファブリックを売るだけでなく、その使い方を示すドレスのファッションショーを企画。ヘルシンキで初めて行なわれたファッションショーは、全財産をかけた大博打だったが、大成功をおさめる。カラフルで斬新なデザインのファブリックと、女性をレースやコルセットから解放したドレスは、たちまち注目を集め、事業は軌道に乗り始めた。
アルミは才能あるデザイナーを集めて自由にデザインさせ、それぞれのファブリックには名前とデザイナーの名前を記すことにした。<マリメッコ>はアルミの全てであり、何でも言い合える従業員たちは“家族”だった。しかし“家族”の面倒を全て引き受け、出費を惜しまないアルミは、銀行団に非難され、幾度も倒産の危機に陥った。
一方、<マリメッコ>にのめり込むあまりに常識を外れていくアルミに、夫や子どもたちはついていけなくなっていた。理解されない、愛されない寂しさを、酒や他の男性で埋めようとするアルミ。<マリメッコ>は「知的な人々のユニフォーム」として世界に認められるようになり、職住が一体となった自然あふれる理想郷 “マリメッコ村(マリキュラ)”をつくるためにアルミは奔走するのだが・・・
舞台劇でアルミ・ラティアを演じる女優マリアの俯瞰的視点で、アルミの人生を浮き彫りにしていく。
映画『ファブリックの女王』オフィシャル・サイトより
感想
※この記事はネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。
マリメッコとは?
カラフルな色使いと大胆なデザインで知られる北欧テキスタイルブランド<マリメッコ>。
雑貨やファッションに興味がなくとも、あの大きな花柄のデザインは一度はどこかで目にしたことがあるのではないだろうか。

ちなみに映画『かもめ食堂』にも、もたいまさこ演じるマサコがマリメッコの服を着て登場するシーンがある。新しい生活を歩き出したマサコに似合う大胆なテキスタイルのワンピースはとても素敵で印象的だった。
この<マリメッコ>を作ったのが今回の『ファブリックの女王』の主人公であるアルミ・ラティアである。
マリメッコの簡単な年表は以下の通り。
1949年 アルミの夫ヴィリヨが経営するプリントファブリックの会社にアルミが入社。ファブリックのデザイナーにマイヤ・イソラを迎える。
1951年 マリメッコ設立。マリメッコ初のショーを開催。
1952年 最初の直営店をオープン。
1956年 フィンランド国外への輸出が始まる。
1960年 ジャクリーン・ケネディが夫の選挙戦でマリメッコのドレスを着用。アメリカでの知名度が急上昇する。
1968-1973年 リストラにより従業員数が414人から288人に減少。
1974年 ヘルシンキ証券取引所に上場。純売上高が40.4%増加。
1978年 機械工場を拡張。
1977年 アルミがCEOを一度辞任するもすぐに復帰。
1979年 アルミ、死去。
1985年 アメア・グループがマリメッコを買収。以後、低迷期が続く。
1991年 キルスティ・パーッカネン率いるワーキデア (Wirkidea Oy) がマリメッコを買収し、ブランドイメージの再構築に成功。再建を果たす。
赤裸々に描かれるアルミの人間性
視聴中の感想を包み隠さず言うと、アルミの強烈な人間性の描写にわりと何度もドン引きした。
自分が不倫しているのを棚に上げ、若い女と食事をしている夫にワインをぶっかけたり、夫のいる前で家に招いた客を挑発したり夫を罵ったりとなかなかのクズっぷり。
この描写が史実だろうが創作だろうが、あのシーンを見て気分が良い人間は居ないだろう。
アルミの人生に付いて回った酒と男と孤独と金は、どれもマリメッコのイメージとは程遠いものばかりだった。
ただ、アルミの自己中で激しい面ばかりを描いているわけではない。従業員のことを家族のように思ったり、家政婦のケルットゥに子供のように泣きついたり、とことん弱く脆い部分もある。
激しさと弱さの振り幅がとても大きく描かれていたのが印象的だった。
ヨールン・ドンネル監督はマリメッコの元○○
ここまで赤裸々なアルミの人生を描こうとした意図を突きとめるために調べてみたら、ヨールン・ドンネル監督はマリメッコの元役員だったことが分かった。

アルミに初めて会ったのは1967年。彼女は自分の会社の役員会を“退屈すぎる”と考えていたので、活気づかせるために、私を役員に招いた。
映画『ファブリックの女王』オフィシャル・サイトより
この監督、イングマール・ベルイマンと作った『ファニーとアレクサンデル』という作品でアカデミー賞外国語映画賞を受賞し、フィンランド人で唯一のオスカー受賞者らしい。後に政界にも進出し、国会議員や欧州会議員も務めている。
この『ファブリックの女王』はなんと構想50年(!)をかけて作ったらしい。昨年、御年86歳で他界しているが、だとするとこの映画を撮った時には80歳を過ぎていて、勝手な想像だけど死ぬ前に絶対に作り上げたいという強い気持ちがあったのだろう。
マリアの俯瞰的視点から見えてくるもの
アルミ・ラティアについての映画をつくることは、長い間ずっと私の課題だった。伝記的な平凡な方法を避けたことで、特に脚本が難しく、形にすることに時間がかかった。
これまで描かれてきたアルミ像は、本当のアルミを伝えていないと思い、私は劇中劇というメタ構造(アルミを演じる女優が俯瞰する二重構造)で作ることにした。ムダのないミニマルなこの映画の描き方は、予算の問題だけでなく、アルミの実像に迫るのに上手く作用したと思っている。
映画『ファブリックの女王』オフィシャル・サイトより
劇中では、マリアや舞台監督がアルミの心中を模索する場面が何度もある。
その模索する様子が台詞になって、アルミの心中を説明する形になっている。
それはドンネル監督が50年かけてアルミの人物像と向き合ってきた過程を表現しているようにも見える。
それを示すシーンがある。
「アルミ、あなたは複雑すぎる」とマリアがつぶやくシーンである。
そもそも人間は自分自身の言動でさえ説明がつかないことが多い。
「なんで私はあの時あんなことを言ったんだろう?」「どうしてあの時こうしなかったんだろう」と。
普通の人間でもそんな状態なのだからアルミのような人間のことを他人が理解できないのは当然である。
それでもドンネル監督はアルミの人間性を描いたこの映画を作りたかったのだ。
「自分をさらけ出す最後のチャンスよ」
役作りに苦悩しているマリアの姿が反転し、別人のような明るい表情のアルミがパッと映し出される。
この映画で初めてマリアとアルミの視点が逆転した瞬間であり、それはドンネル監督が構想中にアルミから投げかけられた救いの言葉であるかのように聞こえた。
女性起業家としての弱さと強さ
「恐怖は打ち勝つしかない」
アルミが憑依したマリアが言ったセリフだ。
このセリフは正にこれまでのアルミの人生を集約したものだ。
男社会の中でブランドを立ち上げ、海外への進出を決断し、事業に精を出せば出すほど家族や愛人や従業員が離れていく…
アルミはこれらの恐怖と闘いながら、弱い自分を酒と男と散財で奮い立たせ、今日のマリメッコの土台を作り上げたのだ。
アルミの弱さと強さをを両方表現しているのは、アメリカでのスピーチのシーンだろう。

舞台に立つまでは酒を飲んで「できない」と弱音を吐くアルミがステージに立った瞬間、その弱さは跡形も無く消え、堂々と見事なパフォーマンスを披露する。
表舞台でカリスマ性を放っている著名人やスターも、もしかしたらアルミと同じような同じ経験をしているのかもしれない。
最後に
最初はあまりにもマリメッコのイメージと違う内容に少し意表を突かれたけど、なんだかんだで作品(マリメッコのデザイン)に罪はないというのが結論。
こんなんでマリメッコのイメージが悪くなるというのは短絡的でナンセンスな話だと思う。
そして、やっぱり偉業を成す人間の人生は孤独で苦悩が多いのかぁ…としみじみ考えてしまった。
ドンネル監督のアルミへの強い想いが感じられる映画だった。
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